【転載】在日、黒人、ムスリム…世界の差別問題に共通する「根っこ」

在日、黒人、ムスリム…世界の差別問題に共通する「根っこ」

 

 日本でヘイトスピーチの主な標的となっているのは、在日コリアンや韓国の人たちだろう。そうした差別はなぜなくならないのか。同様の差別は日本だけの問題ではなく、アメリカやヨーロッパなど、今も世界じゅうで根強く残っている。その背景に何があるのか。

言ってはいけない』(新潮新書)、『朝日ぎらい』(朝日新書)などの著書がある作家・橘玲氏と、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)などの著書があるネットニュース編集者の中川淳一郎氏が語り合った。(短期集中連載・第7回)

中川:在日コリアンや韓国の人たちを対象にヘイトスピーチを繰り返す人たちがいます。最近は以前ほど目立っていませんが、根強く続いているのが現状です。かつては「朝鮮人ガス室に送れ!」や「鶴橋大虐殺を実行します!」など過激な主張もありました。基本的には韓国がいかにひどい国かといったことをアピールするのですが、彼らが拠り所にするのが「テキサス親父」と呼ばれるアメリカ人男性やスペイン人のデモ参加者など、日本を褒め称え、韓国を批判する海外、特に欧米から来た“味方”の人々です。

「日本人以外も我々の思想に共感しているし、韓国を批判しているんだぞ!」とばかりに、自分たちの意見が正しいということの証明に使おうとしています。エジプト出身のタレント、フィフィなんかも親日的な発言をするため、“味方認定”していますが、欧米系の人がより重宝されているような感覚があります。

橘:それは明治維新以来の欧米=白人コンプレックスそのものですよね。その象徴が、日本在住の白人が書いた嫌韓本がベストセラーになったことでしょう。内容的にはこれまで言われ尽くされた話ですが、日本人はもちろん、インド人や黒人が書いたってあんなに売れるわけはない。日本では「保守」や「右派」を自認する人ほど、自分の正しさを白人に認めてもらいたいという皮肉な逆説があります。

 戦後の日本人のアイデンティティは、アジアにおいて自分たちだけが経済大国だというプライドだったのですが、1990年代以降それが崩壊してきた。中国が世界の最貧国だった頃は、「日本の援助でもう少し幸せになれるようにしてあげましょう」と右も左も言っていたのに、経済規模であっという間に抜かれ「自分たちこそ経済大国」と中国が言い始めると許せなくなるんですね。

 

 韓国に関しても同じで、私が大学生だった頃は「韓国に旅行してきた」なんてぜったいに言えませんでした。それは韓国が貧しくて、日本人の男が妓生(キーセン)を買うために行くところだったからです。

中川:1991年、エイズ予防団体のポスターがありましたよね。目をパスポートで隠す背広姿の男性がいて、「いってらっしゃい エイズに気をつけて」というのが。つまり、海外で買春をする場合は性病に気をつけようと。あの時代ですか?

橘:それよりは少し前ですね。『深夜特急』で沢木耕太郎さんがバックパッカー旅行を香港から始めたのは、韓国からスタートできなかったからではないでしょうか。それは時代背景としてすごくよく分かる。隣国なんだから韓国から旅を始めたっていいわけですが、あの当時、自分探しの旅で韓国には行けなかったんです。

 そんなステレオタイプを変えたのが、関川夏央さんが1984年に書いた『ソウルの練習問題』で、「韓国だって普通に旅できるんだよ」というのがものすごい衝撃だった。いまでは信じられないでしょうが、あれではじめて「韓国に行ってもいいんだ」と思いました。

 その韓国も驚異的な経済成長を達成して、いまでは1人当たりGDPで日本に並ぼうとしています。嫌韓・反中の背景にあるのは、「日本はアジアで唯一の先進国」というプライドをずたずたにされたことでしょう。慰安婦や徴用工など歴史問題の影響はもちろん大きいのですが、2000年代初頭の『冬のソナタ』などの韓流ブームで、日本の女の子が韓国の男性に夢中になったことへの嫉妬心もありそうです。でもそれを認めるのは悔しいから、いろんな理屈をつけて韓国叩きをやっているのではないでしょうか。

中川:以前、私が書いた原稿で、海外では日本人はもはや上客とみなされておらず、中国人と韓国人の方が客引きから声をかけられている、という一言を入れたら、ネットで猛烈に叩かれたんですよ。やっぱり変なコンプレックスがあるんですよね。

橘:白人に対するコンプレックスと、アジア人に対する優越感というのが日本人のアイデンティティの核なんでしょう。これがネトウヨというか、嫌韓反中ブームの本質かなと思います。

 

◆排除する人を見つけないとアイデンティティが成立しない

中川:ただそう考えると、同じアジアでも何でUAEアラブ首長国連邦)とかに対するコンプレックスが無いんですかね。だってドバイとか経済発展もすごいわけですよ。それでも、中国と韓国にばかり意識が向いている。やっぱり見た目が似ているというところも、ムカつくポイントなのでしょうか。

橘:似ているから許せないんじゃないですか。中国人に対する違和感って、見た目はほとんど同じなのに、考え方が違ったり、予想外のことを言ったりやったりするというところにあるのでは。インドやUAEの人に対しては、外見から宗教まで違うので、「日本人とは違うんだからしょうがないよね」となる。中国人だと見た目で日本人と区別がつかないから、「なんで日本人と同じにできないんだ」となるのかなと思います。

中川:リベラルの側は、日本は人種差別王国だって言うんですよ。ただ、ヘイトスピーチをする人たちの発言を見ていると、特に韓国人と在日コリアンへの差別っていうことに拘泥している気がする。じゃあ「スリランカ人とか、インド人に対する差別がどこまであるか?」って考えてみたんですね。私は毎週日曜日の夕方に散歩をしているんです。代々木公園を歩くのですが、先日もスリランカフェスティバルというのをやっていましたが、みんな楽しそうにしているんです。こうしたフェスとは関係ありませんが、スリランカ人のカレー屋店長が「お客さんが来ないです」って、ツイッターで嘆いたら、皆が行ってあげ、店長が感謝する、みたいないい話になる。ただ、韓国人の店主がそんなことをやったら、ネトウヨが叩くと思うんですよ。「こいつの店は潰れないのに、『潰れる潰れる詐欺』をしてオレ達を騙しやがって」となるでしょう。

橘:人種差別問題というのは、ヨーロッパの反ユダヤ主義を別にすれば、白人と黒人の歴史問題のことで、黒人を奴隷としてアフリカから新大陸に「強制連行」したことが発端です。これが近代の最大の汚点で、コロンブスアメリカ大陸を「発見」したのは1492年ですから、白人は黒人差別を500年もやっている。それに対して日本人が朝鮮半島を植民地にしていたのは35年間ですから、そもそも問題の根深さがぜんぜんちがう。慰安婦や徴用工を国際問題にできるのは、それが対処可能だからだと私は思っています。奴隷制で同じことを言いはじめたら、収拾のつかない事態になりますから。

 アメリカ社会の「人種問題」は黒人差別のことで、イスラームへの差別ってあんまりないんです。よく言われるのは、ドイツでトルコ系が白人の警官から職質されると、たとえドイツ国籍を持っていても「トルコ人」と扱われるのに、アメリカだと国籍があるかどうかにかかわらず「アメリカ人」と扱われることです。私もアメリカでスピード違反で切符を切られたことがありますが、警官がアジア系アメリカ人だと思って話しかけてくるので、自分が日本人の旅行者だとわざわざ説明しなくてはなりませんでした。だからヨーロッパのムスリムは、みんな「アメリカの方が差別がなくていい」と言いますよね。

 

 それに対してアメリカの黒人が書いたものを読むと、「ヨーロッパに行くとホッとする」というのがよく出てきます。たとえばアメリカの黒人が軍隊に入ってヨーロッパに駐留すると、ものすごい解放感を感じる。ヨーロッパにも黒人に対する差別はあるでしょうが、アメリカにいるときのように、「お前は黒人だ」と常に言われているような抑圧感がないそうです。そう考えると、差別の根底にあるのは、国民・市民をどのように規定するのかということなのかなと思います。

アメリカは白人の国」というアイデンティティを持っているなら、アメリカ国民とは「黒人ではない者」ということになる。ヨーロッパだと「キリスト教イスラーム」というステレオタイプが強いので、“偏狭なムスリム”を排除することで自由で民主的な「市民社会」がつくられる。アイデンティティに関係ないから、アメリカはムスリムに寛容で、ヨーロッパは黒人に寛容なんでしょう。これを日本社会に当てはめると、日本人のアイデンティティを守ろうとすると、どうしても「日本人ではない者」が必要になる。それが「在日」で、だからスリランカ人はどうでもいいんでしょう。

 いちばんの問題は、脆弱なアイデンティティしか持たないひとが、排除する相手を見つけようとすることです。このひとたちは善悪二元論の世界しか理解できないので、「俺たち」ではない者=敵を認定しないと自分が何者なのかわからない。アメリカでトランプ大統領が誕生したのは、白人が少数派になりつつあることで「白人の国」という神話が揺らいだからでしょうが、同じように日本では、中国や韓国の経済発展で「有色人種のなかで特別」というアイデンティティが大きく揺らいだ。こうして「日本人=在日じゃない人たち」というトンデモ説が広く流布するようになったのではないでしょうか。(続く)

橘玲(たちばな・あきら):作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない 残酷すぎる真実』『(日本人)』『80’s』など著書多数。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):ネットニュース編集者。1973年生まれ。『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』『縁の切り方 絆と孤独を考える』など著書多数。